MARTIALARTSKARATEDO KOSHINKAI
武術空手道孝真会 武蔵野道場

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師範紹介
川嶋 佑 (かわしまゆう)
昭和57年生まれ 8月6日生まれ 埼玉出身・宮城、静岡育ち(数回の転校により) しし座 O型
☆プロフィール☆

高校で空手道部(伝統派)に3年間所属。卒業後は極真会館に入門。
極真で3年間所属、指導員になるも、理由あって退会。
その後、2004年、21歳のとき「空手道孝真会」を立ち上げる。同年に倉本塾に入塾。
2008年「武術空手道孝真会」に改め新体制としてスタートする。

☆大会実績☆
日本国際空手協会主催・第13、14回風林火山空手道選手権大会 連続優勝
日本国際空手協会主催・第10回全日本空手道選手権大会 5位
空手道脩己会誠心館主催・第21回西日本空手道選手権大会 
優勝
日本国際空手協会主催・第11回全日本空手道選手権大会 3位&敢闘賞
空手道脩己会誠心館主催・第22回西日本空手道選手権大会 
3位
☆生徒の入賞実績☆
・第17回東都空手道選手権大会 
新人の部・初級クラス中量級(70キロ未満) 張 泰根  準優勝
・第2回東京女子カラテ交流大会 
一般初級女子 J・文子 準優勝
・第14回風林火山空手道選手権大会 

高校生の部 
林瑞樹 3位
・第5回小松原高校空手道交流戦 
初級部門 望月紀男 優勝
中級部門 片桐邦彦 準優勝
・オールジャパン[新人]空手トーナメント2007
初級色帯重量70s以上 望月紀男 優勝
・第1回埼玉実戦空手道交流大会
初級部門 原田泰輔 3位
中級部門 望月紀男 優勝
・08オールジャパン(新人)空手道選手権大会
女子無差別級 J・文子 3位
・第2回埼玉実戦空手道交流大会
初級部門 塚田詠斗 優勝

孝真会の指導に対する理念
◆少年の指導に対する考え
◆上下関係に対する考え
孝真会の空手に対する考え
空手を続ける中で誰もが一度は感じる疑問を中心に、私なりの考え方を記載します。

◆型の動きと組手の動きはなぜ違うのか?

魅せる為の基本稽古・型
◆強くなるための型
孝真会設立までの経緯と心情
■高校時代の空手道部での挫折
■極真を始める
■師に対する絶望
■孝真会設立
少年の指導に対する考え
☆4歳から小学3、4年生への指導方針
 4歳から小学4年生くらいまでは空手を
楽しく学んでもらい、続けさせることを第一に考えます。

 空手の技術においては空手の基本を主に教えますが、飽きさせないよう遊びも兼ねた練習法を取り入れて行きます。

 礼儀の指導においては、言うことを聞かない子は多少厳しくしますが、子どもの性格を良く見極め適切な指導を心がけます。

(例・組手を怖がったり、声が小さい子がいても怒鳴ったり、無理強いさせず、「こうしたほうが良いよ」と促します。)

 また、よほどのこと(いじめ、危険な行為の繰り返し等)が無い限り、体罰は行いません。

空手を通じ、礼儀正しく、元気な子どもになるように指導します。
☆4年生から6年生、中学生への指導方針
 小学4年生から6年生、中学生は
多少の試練(練習の辛さ、後輩への指導)を与え、乗り越えさせることを取り入れます。

 空手の技術においては正しい空手の基本を習得させ、組手で勝つためのテクニックを教えます。

 礼儀の指導においては、言うことを聞かない子には、「なぜ注意されているのか?」「なぜそうしなければならないのか?」を理解させた上で厳しく指導します。

 また、帯(経験)にあわせ、後輩に対する指導の仕方を学ばせ、責任感を持たせます

強い精神と肉体、優しさ、責任感を兼ね備えた子どもになるように指導します。
上下関係に対する考え
 武道は上下関係が厳しい印象があると思います。しかし、私に言わせれば実社会での上下関係のほうが遥かに厳しいと思います。
 上司への礼儀ができていなければ非常識な人だと思われ、部下からの信頼がなければ大きな仕事ができません。

 
上下関係をわきまえない人は社会で成功するのは難しいでしょう。

 であるならば、道場での上下関係は、実社会に出るためのシュミレーション的なものと、とらえる必要があります。

☆先生や先輩への礼儀
 先生や先輩への礼儀は、道場も社会も変わりはありません。
 その道場の先生の性格にも寄りますが、仮にフレンドリーに接してきても、最低限の礼儀はわきまえるべきでしょう。
 
 
上下関係が存在する場においては、無礼講の席であっても礼儀は存在します。

 道場では仮に礼儀が成ってなくても、注意されるだけで済みますが、社会での礼儀においての失敗は、その後の人生にまで影響することもあります。

 言うならば、
道場では何度失敗しても、社会に出るまでに学んでゆければ良いのです。

☆先輩としての自覚
 道場では、所属年数や級により、先輩後輩の関係が生まれます。

 先輩と呼ばれる立場になったとき、プレッシャーを感じる人もいれば、優越感に浸る人もいます。

 優越感に浸るタイプをそのまま誰もたしなめずにいたら、ろくでもない人間になります。

 先輩とは、力や技が優れてるだけでなく、「人」として手本となる存在でなければなりません。でなければ武道とは呼べません。

 
先輩と呼ばれ、優越感に浸り、後輩に対し手本となろうともしない輩は武道を行う資格がありません。
 

空手に対する考え
型の動きと組手の動きはなぜ違うのか?

一般的な空手道場では、組手の動きを学ぶ前に「基本稽古」と呼ばれる動きを学びます。「基本稽古」とは、一般的に型の動作を分解したもので、その場で正拳中段突きなどを行う「立ち稽古」、移動しながら行う「移動稽古」があります。  これら「基本稽古」の動きは、組手の動き(フルコンタクト系、伝統派系問わず)とでは大きく形(フォーム)・動作が異なります。
 指導者や技術書の中には、型の動きと組手の動きの、ほんのわずかな共通点を指摘し、ことさら「基本稽古」の重要性を説くことがあります。
 しかし、十割の中の一割にも満たない共通点の為に、「基本稽古」に多くの時間を割くことに疑問を感じる人も多いと思います。
 通常のスポーツ、武道(柔道や剣道など)、格闘技での、技術練習体系は試合に勝つために体系立てられたものになります。当然、練習での形・動きと、試合での形・動きが大きく変わることはありません。

 なぜ、他のスポーツ、武道、格闘技に比べ、非効率とも言える技術練習体系なのか?

 それは、空手の「基本稽古」「型」の形・動きが、試合及び、試合のルールに則った組手を向上させる為の技術練習体系では無いからです。では何の為か?
 空手の「型」とは、空手発祥の時代の、対武器、対数人、あるいは自らも武器を使用した武器術など、敵から身を守る実戦・護身術の動きを集約したものになります。
 当然、その時代に現在のような試合は無く、組手を行う場合でもあくまで実戦(その時代での)を想定したものを行っていたでしょう。
 現代の試合は、どの流派の試合であっても、一対一、武器の使用を禁止、定められた場所、時間内で行うという最低限のルールがあります。しかし、古(いにしえ)の空手家は対武器、対数人、武器術、また、いつ何時でも敵から身を守れる「護身術」を習得する為に稽古を行っていたでしょう。

 以上から、古来から伝わる「型」の動きと、ここ数十年の間で作られた試合、試合に沿った組手の動きが違うのは当然です。

つまり、空手の「基本稽古」は試合の為の技術体系ではありません。事実、試合のルールによって流派のカラーを出している空手団体では従来の「基本稽古」を行っていないようです。そうでなくとも試合に勝つことが目的の選手は自主練習時に基本稽古に多くの時間は割きませんし、まったく行わない選手も珍しくありません。
 むしろ、基本稽古を多く行うと、試合においては悪い癖がついてしまうことがあります(後述詳しく解説)。

通常のスポーツ、武道・格闘技の練習目的と体系 本来の空手の練習目的と体系
1.試合に勝つことが目的

2.試合に勝つ為の練習
1.護身術の習得が目的

2.護身術の習得の為の練習

3.練習の成果の確認として試合を行う
魅せる為の基本稽古・型

空手の「型」は実戦の動きを集約したものと述べました。しかし、一般的な空手道場で行われる基本稽古や型は実戦の為の動きではなく、人に「魅せる」為の動きを目的としています。
 脱力や呼吸をほとんど考えず、全て気合を入れて行う立ち稽古。受けの動作にまで、力強く気合を入れて行うこともあります(後述詳しく解説)。型は昇級審査や型競技、演武の為に行うことが目的になっています。「綺麗に魅せる」ことが目的で形を調整することもあります。
 昇級審査や型競技、演武では、型の一つ一つの意味、身体操作を意識する必要はなく、いかに先生や審判、観客に「魅せる」かが重要になります。
 空手(唐手)を沖縄から本州に伝える際、大勢の人間に一度に空手を教え、広める事が目的とするならば、「簡潔に、力強く、綺麗」な形や動作で行うほうが効果的です。
 現代でも、空手道場経営として考えた場合、「魅せる」基本稽古・型を見学者に見せたほうが入会率が高いようです。
 「魅せる」為の基本動作・型では、組手・試合や実戦・護身術を向上させる効果が非常に薄くなってしまいます。

強くなる為の型

魅せる為の型ではあっても、足腰の強化や力の強弱、呼吸法などを習得することが出来ますが、他の稽古法でも可能あるいは効率的です。
 型を、強くなる為の鍛錬として捉え稽古するには一つ一つの形、動作が、どのような局面で有効なのかを理解する必要があります。
 型は、型の創始者が生きた時代に有効な技法を集約したものです。対武器、対数人、武器術も含まれた動きであり、最低限、動きの意味を解読する必要があります。

 しかし、型の技法が全ての局面において有効なのでしょうか?

現在、型が生まれた時代には無かった、ボクシングやレスリングなどの様々な格闘技があります。空手を護身術として考えるにせよ、いや、考えるからこそ、他の格闘技にも、型の動き、技法が通用するのかを検証する必要があると思います。
 もし、型の創始者がいた時代、現在のように様々な格闘技が存在したら、その人物は現在に伝わる型とは違った型を創作したかもしれません。
 対武器まで含めた型の技法には、凶悪犯罪が多発する現在でも有効な技法に違いはありません。
 しかし、型が生まれた時代背景と現代との違いを理解し、型の技法がどのような局面で有効なのか、あるいは無効なのかを考えて、型を稽古する必要があります。
 型の伝統的価値観にのみ重きを置いたり、型に全てがあるなどと妄信的に型を捉えてばかりでは文字通り、形骸化してしまいます。

孝真会設立までの経緯と心情

孝真会設立までの経緯を説明するには空手を始めた高校時代までさかのぼります。
孝真会師範の立場としての空手に対する考え方を理解していただきたく、蛇足ながら当時の心情をここに書き記します。

■高校時代の空手道部での挫折

高校時代、空手道部に3年間所属し、少なくても部内では誰よりも努力したにもかかわらず、3年生の最後の試合、才能ある1年生にレギュラーを奪われてしまった。

「努力は報われる。」そう信じて頑張って来た。才能を言い訳にはしたくなかった。しかし、心のどこかで分かっていた。「努力では超えられない壁がある。努力だけでは松井やイチローにはなれない。」と・・・

自慢じゃないがまるで才能が無かった。人の2倍やっても、並以下、まして才能あるものには絶対に勝てなかった。

そのことで空手で強くなることを諦めた。こんな思いは二度としたくない。

■極真を始める
高校卒業後、かねてから興味のあった極真空手を始めた。しかし、あくまで趣味として、週一のペースで続けた。

しかし、自分に嘘はつけなかった。やはり強くなりたい気持ちを捨てることができなかった。
更に、極真では、私の高校時代の努力など比べ物にならないほどの、稽古を行っている人たちがいることを知った。

確かに努力だけでは超えられない壁は存在する。しかし、努力でしか超えられない壁も存在する。
その思いが強くなり、自分がどれだけ出来るか知りたくなった。

自分への挑戦!自分との戦い!

かくして生涯、空手の道を歩む決意をした。

■師に対する絶望
生涯、空手の道を歩む決意をし、所属していた道場で黒帯を取得し、指導員になったものの、その道場の師範はあまりにも人間性、社会性に欠けていた。

生徒から何かにつけて金を取る、道場に1年以上顔を出さずに会費だけは徴収し、その間指導していた私に指導料を一銭も支払わない、あまつさえ親を侮辱され酔いに任せて破門を言い渡される。しかし、翌日酔いが覚めれば何事も無かったかのように接してくる。

こんな師範(もはや師範でもなんでもないただの馬鹿)のため、他の生徒や指導員が離れていった。

■孝真会設立
その道場の最後の指導員となった私はすぐにでも辞めて他の道場に行きたかったが、1年以上指導した少年、一般の生徒たちを放っておく気持ちになれず、また、その馬鹿に利用されて終わることに対する怒りも手伝って、自ら道場(住居を兼ねる)を開き、空手を続けたい気持ちのある生徒を引き継ぐことにした。


今でこそ、その師範には感謝している。あんな経験があったからこそ、生徒たちには同じ思いをさせたくないと思うし、指導者だからこそ、鍛錬を怠らず実践者であり続けるという信念をより強くしてくれた反面教師として。

また、これまでの経緯から、勝つための技術を教えることも大切だが、負けたとき、挫折したときにこそ、何かを与えられる指導者になりたいと思う。
 
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